日本語学習の中で特に混乱しやすい表現の一つが「手放す」「手離す」「手を放す」です。
これらの表現は字面が似ているだけでなく、意味も近いため、多くの学習者が使い分けに悩んでいます。
本記事では、それぞれの言葉の意味の違い、適切な使い分け方、よくある間違いなどを詳しく解説します。
結論から言うと、「手放す」は主に物や感情を手元から離す比喩的な表現、「手離す」は古い言い回しまたは誤用、「手を放す」は物理的に手を離す動作を意味します。
この記事を最後まで読めば、これらの表現を正確に使い分けられるようになるでしょう。
関連記事
基本的な意味の違い

「手放す」の基本的な意味
「手放す」(てばなす)は、物理的に何かを手から離すという基本的な意味から、比喩的に「大切なものを手元から離す」「所有していたものを手元から手放す」という意味で広く使われています。
例えば、「愛車を手放す」「大切な思い出の品を手放す」などと使います。
特に、惜しみながらも何かを離すというニュアンスがあり、感情的な要素を含むことが多いです。
「手離す」の基本的な意味
「手離す」(てはなす)は現代日本語としては一般的ではなく、「手放す」の誤記や古い表現として見られることがあります。
辞書に正式な項目として載っていないことが多く、現代の日常会話やビジネス文書ではほとんど使用されません。
もし見かけた場合は、多くの場合「手放す」の誤用と考えて良いでしょう。
「手を放す」の基本的な意味
「手を放す」(てをはなす)は、物理的な動作を表し、「握っていた手を離す」「何かをつかんでいた手を開く」という意味で使われます。
例えば、「子供の手を放す」「手すりを手を放す」などのように、実際に手と対象物が離れる動作を描写します。
「手放す」に比べて比喩的な用法は少なく、より直接的な動作を表現します。
これらの違いをたとえると、「手放す」は大切な物を捨てるような惜別感を伴う行為、「手を放す」は単に握っていた物を離す物理的な動作、そして「手離す」は現代ではほとんど使われない表現と言えるでしょう。
使い分けのポイント

シーン別の適切な使い分け
以下の表で、状況別の適切な使い分けを整理します。
シーン | 適切な表現 | 例文 |
---|---|---|
所有物を売却・譲渡する | 手放す | この愛車を手放すのは寂しい。 |
感情・執着を捨てる | 手放す | 過去の失敗への後悔を手放すべきだ。 |
物理的に握っていたものを離す | 手を放す | 危ないから、赤ちゃんはロープを手を放してください。 |
人との接触を終える | 手を放す | 彼女は怒って私の手を放した。 |
責任・管理を終える | 手放す | 子供が独立し、親としての責任を手放す時期が来た。 |
フォーマル度による使い分け
フォーマルな場面(ビジネス・公式文書など)
- 「手放す」: 適切に使用できます。「当社はこの事業部門を手放す決断をいたしました」
- 「手離す」: 使用は避けるべきです
- 「手を放す」: 物理的な動作を指す場合のみ使用します。「安全のため、機械操作時は決して手を放さないでください」
カジュアルな場面(日常会話など)
- 「手放す」: 日常的に使用されます。「そのゲーム、もう手放したの?」
- 「手離す」: 使用は避けるべきです
- 「手を放す」: 物理的な動作を指す場合に使用します。「ちょっと手を放して!」
比喩的表現での使い分け
抽象的・感情的な文脈
- 「手放す」が最適です。「不安を手放す」「チャンスを手放す」など
具体的・物理的な文脈
- 「手を放す」が最適です。「ハンドルを手を放す」「子供の手を放す」など
よくある間違い & 誤用例

「手離す」の誤用
🚫 「大切な宝物を手離すことができない」
✅ 「大切な宝物を手放すことができない」
「手離す」は現代日本語としては一般的ではなく、「手放す」を使うのが正しいです。
比喩的文脈での「手を放す」の誤用
🚫 「彼は経営権を手を放した」
✅ 「彼は経営権を手放した」
抽象的な概念に対しては「手放す」を使うべきです。「手を放す」は物理的な動作に限定されます。
物理的動作での「手放す」と「手を放す」の混同
🚫 「危ないから、手すりを手放さないで!」
✅ 「危ないから、手すりを手を放さないで!」または「危ないから、手すりから手を放さないで!」
物理的に何かを握っている状態から離す場合は「手を放す」が自然です。
ただし、これは文脈によって「手放さないで」も許容されることがあります。
助詞の使い方の間違い
🚫 「ハンドルを手放す」(物理的に離す意味で)
✅ 「ハンドルから手を放す」
物理的な動作を表す場合、対象物には「から」や「を」などの適切な助詞を使うことが重要です。
文化的背景・歴史的背景

これらの表現の違いを理解するには、日本語における複合動詞の成り立ちと意味の変遷を知ることが役立ちます。
「手放す」は古くから使われてきた表現で、平安時代の文献にも登場します。
もともとは物理的に手から何かを放すという意味でしたが、時代とともに比喩的な意味が強くなり、感情的・抽象的な文脈でも使われるようになりました。
「手離す」は古い文献では見られることがありますが、現代語としては「手放す」に統一される傾向があります。
かつての表記の揺れが現代まで一部残っているとも考えられます。
「手を放す」は、動詞「放す」に対して目的語「手を」がついた単純な動詞句で、より直接的・物理的な動作を表します。
日本文学では、特に「手放す」が比喩的に使われることが多く、夏目漱石の『こころ』などの古典作品でも、大切なものを手放すという心情描写に使われています。
実践的な例文集

日常会話での使用例
- 「引っ越しのため、いくつかの家具を手放すことにした」
- 「子供が成長して、もう手を放しても大丈夫になった」
- 「恋人と別れた後、彼からのプレゼントをなかなか手放せなかった」
ビジネスシーンでの使用例
- 「当社は不採算部門を手放し、コア事業に集中する戦略を取っています」
- 「安全のため、機械操作中は決してレバーから手を放さないでください」
- 「彼は長年育ててきた事業を手放すことに大きな抵抗を感じていた」
文学的・抽象的表現での使用例
- 「過去への執着を手放せば、新しい可能性が開けてくる」
- 「彼女はついに長年の怒りを手放し、和解の道を選んだ」
- 「真実を知った瞬間、彼は驚きのあまり持っていた書類から手を放した」
適切な言い換え表現
- 「手放す」→「手元から離す」「手ばなす」「離す」「失う」「売却する」
- 「手を放す」→「手を離す」「握っていた手を開く」「手を引く」
まとめ
日本語の「手放す」「手離す」「手を放す」の違いは、微妙ながらも重要です。
これらの表現を適切に使い分けることで、より正確で自然な日本語表現ができるようになります。
覚えておきたいポイント
- 「手放す」は物理的にも比喩的にも使え、感情を伴うことが多い
- 「手離す」は現代日本語では一般的でなく、基本的には「手放す」を使う
- 「手を放す」は主に物理的な動作を表し、具体的な状況で使う
- 比喩的・感情的な文脈では「手放す」が適切
- 物理的な動作では「手を放す」が自然
正しい使い分けができれば、日本語の表現力がさらに豊かになり、より正確に自分の意図を伝えることができるでしょう。
関連記事
よくある質問(FAQ)
Q1:「手放す」と「放す」の違いは何ですか?
A: 「放す」は単に「解放する」「自由にする」という意味の動詞ですが、「手放す」は特に「手元から離す」「所有を手放す」というニュアンスが強調されます。
「手放す」には惜しむ気持ちが含まれることが多いですが、「放す」にはそのようなニュアンスは薄いです。
Q2:「手を放す」の反対の表現は何ですか?
A: 「手を放す」の反対は「手を握る」「手をつかむ」「手を取る」などの表現が状況によって使われます。
Q3:「手放す」を使った慣用表現はありますか?
A: 「チャンスを手放す」(機会を逃す)、「権利を手放す」(権利を譲る)、「希望を手放さない」(希望を持ち続ける)などの表現がよく使われます。
Q4:「手離す」は本当に間違いなのですか?
A: 「手離す」は厳密には間違いとは言えない場合もありますが、現代日本語では一般的でなく、「手放す」と書くのが標準的です。
特に公式文書やビジネス文書では「手放す」を使用するべきです。