相手への配慮を示す日本語表現として、「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」は日常会話やビジネスシーンでよく使われます。
どちらも相手への気遣いを表す言葉ですが、使うべき場面や含意するニュアンスには明確な違いがあります。
「お手数ですが」は相手に行動を依頼する際の前置きとして使われるのに対し、「ご迷惑をおかけします」は自分の行動が相手に負担をかけることへの謝罪の意を表します。
この記事では、これらの配慮表現の正確な意味と適切な使い分けについて詳しく解説します。
正しく使いこなせば、コミュニケーションの質が格段に向上するでしょう。
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」の基本的な意味の違い

「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」は、日本語の敬語表現の中でも相手への配慮を示す重要なフレーズです。
これらの言葉の本質的な違いを理解するために、それぞれの基本的な意味を掘り下げてみましょう。
「お手数ですが」の基本的な意味
「お手数ですが」は「手数(てすう)」という言葉に尊敬の接頭語「お」を付けた表現です。
「手数」とは本来「手間」や「労力」を意味し、「お手数ですが」は直訳すると「お手間をおかけしますが」という意味になります。
この表現は、相手に何かを依頼する前に使う前置きとして機能します。
自分の依頼によって相手に手間や労力をかけることを事前に認め、感謝の気持ちを込めた表現です。
たとえば、「お手数ですが、この書類に目を通していただけますか」という文では、書類を確認するという手間をかけることを先に認めた上で依頼しています。
これは、雨の中傘を貸してもらうとき、「濡れる前に傘を差しておいてください」と言うようなものです。
相手の労力を事前に配慮する姿勢を示します。
「ご迷惑をおかけします」の基本的な意味
一方、「ご迷惑をおかけします」は「迷惑」という言葉に尊敬の接頭語「ご」と、謙譲の「おかけします」を組み合わせた表現です。
この表現は、自分の行動や状況によって相手に負担や不便を強いることに対する謝罪の意を表します。
つまり、すでに発生した、または発生することが確定している迷惑に対して使用されます。
例えば、「体調不良で休むため、ご迷惑をおかけします」という文では、自分が休むことで同僚に余計な仕事が回ることへの謝罪を表しています。
これは、混雑した電車内で大きな荷物を持っているときに「スペースを取ってすみません」と言うようなものです。
自分の行動によって相手に負担をかけることへの謝罪の気持ちを示します。
両者の根本的な違いは、「お手数ですが」が依頼の前置きとして用いられるのに対し、「ご迷惑をおかけします」は謝罪の表明として使われる点にあります。
この違いを理解することで、状況に応じた適切な配慮表現を選ぶことができるようになります。
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」の使い分けのポイント

「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」は、似たような配慮表現でありながら、使用すべき状況や文脈が大きく異なります。
ここでは、場面ごとの具体的な使い分けのポイントを解説します。
シーン別の使い分け
シーン | 「お手数ですが」の使用例 | 「ご迷惑をおかけします」の使用例 |
---|---|---|
ビジネスメール | お手数ですが、添付資料をご確認いただけますでしょうか。 | システムメンテナンスにより一時的にサービスが停止し、ご迷惑をおかけします。 |
電話対応 | お手数ですが、担当者に代わりますので少々お待ちください。 | お電話が混み合っており、お待たせしてご迷惑をおかけしております。 |
対面での会話 | お手数ですが、こちらの書類にご記入をお願いいたします。 | 準備が遅れており、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。 |
アナウンス | お手数ですが、携帯電話はマナーモードに設定してください。 | 電車の遅延により、ご迷惑をおかけしております。 |
コミュニケーションの流れによる使い分け
- 依頼をする前:「お手数ですが」
- 相手の労力を事前に認め、依頼への抵抗感を減らします
- 例:「お手数ですが、窓を開けていただけますか」
- 問題が発生した後:「ご迷惑をおかけします」
- すでに迷惑をかけている、またはかけることが確定している場合に使用します
- 例:「遅刻してしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
- 継続的な状況において:
- 長期的な迷惑を伴う状況では「ご迷惑をおかけします」
- 例:「工事期間中はご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどお願いいたします」
- 第三者への迷惑に言及する場合:
- 自分以外の人や状況が迷惑をかける場合も「ご迷惑をおかけします」
- 例:「当社のサービス停止によりご迷惑をおかけしております」
丁寧さのレベルによる使い分け
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」はどちらも丁寧な表現ですが、状況によってさらに丁寧さを増す表現に言い換えることもできます。
「お手数ですが」の丁寧な言い換え
- より丁寧:「恐れ入りますが」「お手数をおかけして恐縮ですが」
- より親しい間柄:「手間をかけて申し訳ないのですが」
「ご迷惑をおかけします」の丁寧な言い換え
- より丁寧:「ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません」
- 問題の程度が大きい場合:「多大なるご迷惑をおかけすることとなり、深くお詫び申し上げます」
状況に応じた適切な表現を選ぶことで、相手への配慮の度合いを調整し、より円滑なコミュニケーションを図ることができます。
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」のよくある間違い&誤用例

「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」は、似た配慮表現でありながら使用場面が異なるため、誤用が生じやすい表現です。
ここでは、よくある間違いと正しい使い方を紹介します。
誤用例1: 謝罪の場面での「お手数ですが」の使用
🚫 誤った例:「会議に遅刻してしまい、お手数ですが、申し訳ありません。」
✅ 正しい例:「会議に遅刻してしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
解説
「お手数ですが」は依頼の前置きであり、謝罪の表現ではありません。
遅刻という自分の行動で迷惑をかけている場合は「ご迷惑をおかけします」を使用するのが適切です。
誤用例2: 依頼の前置きでの「ご迷惑をおかけします」の使用
🚫 誤った例:「ご迷惑をおかけしますが、この資料をコピーしていただけますか?」
✅ 正しい例:「お手数ですが、この資料をコピーしていただけますか?」
解説
単なる依頼の前に「ご迷惑をおかけします」を使うと、その依頼が大きな負担であるという印象を与えかねません。
軽い依頼であれば「お手数ですが」を用いるのが適切です。
誤用例3: 「お手数ですが」「ご迷惑をおかけします」の重複使用
🚫 誤った例:「お手数ですが、ご迷惑をおかけしますが、資料を送っていただけますか?」
✅ 正しい例:「お手数ですが、資料を送っていただけますか?」
解説
両方の表現を重ねて使うことで冗長になり、かえって意図が不明確になります。
依頼の場合は「お手数ですが」のみを使用するのが適切です。
誤用例4: 文末での「お手数ですが」の使用
🚫 誤った例:「明日の会議資料を準備してください、お手数ですが。」
✅ 正しい例:「お手数ですが、明日の会議資料を準備してください。」
解説
「お手数ですが」は依頼の前に置く前置きであり、文末に配置すると不自然になります。
必ず依頼の前に配置しましょう。
誤用例5: 自分自身への「お手数ですが」の使用
🚫 誤った例:「私がお手数ですが、この書類を作成します。」
✅ 正しい例:「私がこの書類を作成します。」(「お手数ですが」は不要)
解説
「お手数ですが」は相手に対して使う表現であり、自分自身の行動に対して使用することはありません。
これらの誤用例を避け、状況に応じた適切な配慮表現を選ぶことで、より自然で効果的なコミュニケーションが可能になります。
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」の文化的・歴史的背景

日本語の配慮表現である「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」には、日本特有の文化や歴史的背景が反映されています。
これらの表現の成り立ちを理解することで、より深く日本語のコミュニケーションの特徴を把握することができます。
日本の「配慮文化」との関連性
日本社会では古くから「和」を重んじる文化があり、他者への配慮を言葉で表現することが重要視されてきました。
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」は、相手の立場や感情を尊重する「察しの文化」から生まれた表現と言えます。
江戸時代には、武士の間で儀礼的な言葉遣いが発達し、現代の敬語表現の原型が形成されました。
特に、相手に対する配慮や謝意を示す表現は、身分社会における円滑な人間関係の構築に不可欠な要素でした。
「手数」と「迷惑」の語源
「手数」という言葉は、文字通り「手を数多く動かすこと」に由来します。
つまり、相手に依頼することで発生する物理的な労力を認識し、その労を惜しんでくれることへの感謝を表す言葉です。
一方、「迷惑」は「迷い惑う」という状態から派生した言葉で、相手の心や予定に混乱をきたす状況を意味します。
「ご迷惑をおかけします」は、相手の精神的・時間的・物理的な負担に対する謝罪の意を込めた表現です。
現代社会における変遷
高度経済成長期以降、ビジネスシーンでの丁寧な表現がより重視されるようになり、「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」のような配慮表現の使用頻度が増しました。
特に顧客サービスの向上が求められる現代社会では、適切な配慮表現の使用が企業イメージにも直結するようになっています。
現代のデジタルコミュニケーションにおいても、これらの配慮表現は重要な役割を果たしています。
メールやSNSなど非対面のコミュニケーションでは、表情や声のトーンが伝わらないため、言葉による配慮表現がより一層重要になっているのです。
このように、「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」という表現には、日本の社会構造や対人関係の在り方が色濃く反映されており、単なる言葉の違い以上の文化的意義を持っていると言えるでしょう。
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」の実践的な例文集

実際のコミュニケーションの場で「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」を適切に使い分けるために、さまざまなシーンでの例文を紹介します。
これらの例文を参考に、状況に応じた配慮表現を身につけましょう。
ビジネスメールでの使用例
「お手数ですが」の例文
- お手数ですが、添付ファイルをご確認いただき、ご意見をいただけますと幸いです。
- お手数ですが、本メールの受領確認をいただけますでしょうか。
- 大変お手数ですが、来週の会議日程の調整にご協力いただけますと助かります。
- お手数をおかけして恐縮ですが、期日までにご返信いただければ幸いです。
「ご迷惑をおかけします」の例文
- 急な日程変更により、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。
- システムの不具合により一時サービスが停止し、ご迷惑をおかけしております。
- 提出期限の延長をお願いすることとなり、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
- 対応の遅れによりご迷惑をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。
電話やビジネス会話での使用例
「お手数ですが」の例文
- お手数ですが、山田部長をお呼びいただけますか。
- お手数ですが、お名前と御社名をもう一度お伺いしてもよろしいでしょうか。
- お手数ですが、次の書類にもご署名をお願いいたします。
- お手数ですが、こちらの資料を会議室にお持ちいただけますでしょうか。
「ご迷惑をおかけします」の例文
- 電話が混み合っておりお待たせしてしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
- 納品が遅れており、ご迷惑をおかけしております。
- 突然の訪問でご迷惑をおかけし、申し訳ございません。
- 工事の騒音でご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
日常会話での使用例
「お手数ですが」の例文
- お手数ですが、塩を取っていただけますか。
- お手数ですが、この場所を少し写真に撮っていただけませんか。
- お手数ですが、ドアを開けていただけると助かります。
- お手数ですが、この荷物を持っていただけますか。
「ご迷惑をおかけします」の例文
- 子供が騒いでしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
- 少し体調が優れず、早退させていただくことになり、ご迷惑をおかけします。
- 引っ越しの荷物で廊下を塞いでしまい、ご迷惑をおかけしております。
- 遅刻してしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
公共の場でのアナウンス例
「お手数ですが」の例文
- お手数ですが、ご乗車の際は整列してお待ちください。
- お手数ですが、お忘れ物のないようご確認ください。
- お手数ですが、アンケートにご協力いただければ幸いです。
- お手数ですが、携帯電話はマナーモードに設定してご利用ください。
「ご迷惑をおかけします」の例文
- 現在、システム障害により発券が遅れており、ご迷惑をおかけしております。
- 設備点検のため一時的にサービスを停止し、ご迷惑をおかけいたします。
- 天候不良により運行に遅れが生じ、ご迷惑をおかけしております。
- 当店の混雑によりお待たせしてしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
これらの例文を状況に応じて適切に使い分けることで、相手に対する配慮の気持ちを的確に伝えることができます。
日常的に使用することで、自然と配慮表現を身につけることができるでしょう。
まとめ:「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」の使い分け
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」は、どちらも相手への配慮を示す重要な日本語表現ですが、使用する状況やニュアンスに明確な違いがあります。
これまでの解説を踏まえ、両者の使い分けのポイントをまとめます。
覚えておきたいポイント
- 基本的な違い
- 「お手数ですが」:相手に何かを依頼する際の前置き(依頼の前に使用)
- 「ご迷惑をおかけします」:自分の行動が相手に負担をかけることへの謝罪表現
- 使用タイミング
- 「お手数ですが」:依頼をする前(未来の行動に対して)
- 「ご迷惑をおかけします」:迷惑をかけた後、またはかけている最中(過去・現在の状況に対して)
- 丁寧さのレベル
- どちらも丁寧な表現だが、状況に応じてさらに丁寧な言い回しに変えることができる
- 重大な謝罪の場合は「ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません」などとより丁寧に
- 避けるべき誤用
- 両表現の混同や重複使用を避ける
- 自分自身への「お手数ですが」の使用は不適切
- 文化的背景の理解
- 日本の「察しの文化」と「配慮表現」の関連性を認識する
- 現代のデジタルコミュニケーションでも重要性が増している
適切な配慮表現を使うことで、コミュニケーションの質が向上し、良好な人間関係を構築することができます。
日本語の微妙なニュアンスを理解し、状況に応じた表現を選ぶことで、より洗練されたコミュニケーションが可能になるでしょう。
よくある質問(FAQ)
「お手数ですが」と「ご迷惑をおかけします」の使い分けについて、読者からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
Q1: 「お手数ですが」と「恐れ入りますが」の違いは何ですか?
A: どちらも依頼の前置きとして使われますが、「恐れ入りますが」の方がより丁寧な表現です。
「恐れ入りますが」には「申し訳ない」というニュアンスがより強く含まれており、相手に大きな負担をかける依頼や、目上の人への依頼の際に適しています。
一方、「お手数ですが」はやや軽めの依頼に使用される傾向があります。
Q2: 「ご迷惑をおかけします」の代わりに使える表現はありますか?
A: 状況によって以下の表現が代替として使えます。
- 「ご不便をおかけして申し訳ございません」(サービス停止など便利さを損なう場合)
- 「お待たせして申し訳ございません」(時間を取らせる場合)
- 「ご心配をおかけして申し訳ございません」(精神的な負担をかける場合)
- 「多大なるご迷惑をおかけし、深くお詫び申し上げます」(より丁寧な謝罪の場合)
Q3: メールの件名に「お手数ですが」や「ご迷惑をおかけします」を使っても良いですか?
A: 件名にこれらの表現を使用することは一般的ではありません。
件名は簡潔に内容を伝えるべきで、「ご確認のお願い」「資料送付のお願い」など目的を明示する方が適切です。
配慮表現は本文中で使用しましょう。
Q4: 友達同士の会話でも「お手数ですが」「ご迷惑をおかけします」を使うべきですか?
A: 友達同士の会話では、より気軽な表現を使うことが自然です。
「お手数ですが」の代わりに「悪いけど」「頼めるかな」、「ご迷惑をおかけします」の代わりに「迷惑かけてごめん」「申し訳ない」などを使うと良いでしょう。
ただし、友人に公式な依頼をする場合などは、丁寧さを示すためにこれらの表現を使うこともあります。
Q5: 英語で「お手数ですが」「ご迷惑をおかけします」に相当する表現はありますか?
A: 完全に同等の表現はありませんが、近い意味を持つ表現として以下のようなものがあります。
「お手数ですが」に近い英語表現
- “If you don’t mind…”
- “Would you be so kind as to…”
- “I’m sorry to trouble you, but…”
- “If it’s not too much trouble…”
「ご迷惑をおかけします」に近い英語表現
- “I apologize for the inconvenience.”
- “Sorry for the disruption.”
- “We regret any inconvenience caused.”
- “Please excuse the disturbance.”
Q6: 「お手数おかけします」という表現は正しいですか?
A: 「お手数おかけします」は「お手数をおかけします」の省略形で、カジュアルな表現として使われることがありますが、正式な敬語表現としては「お手数をおかけして申し訳ございません」または「お手数ですが」を使用するのが適切です。
特にビジネスシーンでは、省略せずに正式な表現を使いましょう。