物や権利、感情などを手放す際に使われる「捨てる」と「棄てる」。
同じ「すてる」と読む両者には、実は微妙だが重要な違いが存在します。
ビジネス文書や公式文書では特に適切な漢字選びが求められるため、これらの言葉の正確な使い分けを知っておくことは非常に重要です。
本記事では「捨てる」と「棄てる」の意味の違い、適切な使い分け、そして誤用しやすいケースまで、専門的かつわかりやすく解説します。
結論から言えば、「捨てる」はより一般的・日常的な「不要なものを処分する」行為を、「棄てる」はより重大な「権利や義務を放棄する」といった意味合いを強く持ちます。
「捨てる」と「棄てる」の基本的な意味の違い
「捨てる」と「棄てる」は同じ「すてる」と読みますが、使われる漢字によって込められる意味やニュアンスが異なります。
「捨てる」の基本的な意味
「捨てる」は、不要になったものや使わなくなったものを処分するという、より日常的・物理的な行為を表します。
ゴミを捨てる、古い服を捨てるなど、主に物理的な対象物を処分する場合に使用されます。
「捨」という漢字には「手で握っていたものを放す」という意味があり、実際に手から離して物を処分するイメージが強いです。
「棄てる」の基本的な意味
一方、「棄てる」には「見放す」「放棄する」という、より重いニュアンスが含まれます。
権利を棄てる、義務を棄てる、希望を棄てるなど、抽象的な概念や重要な権利・義務などを放棄する場合に用いられることが多いです。
「棄」という漢字自体が「不要と判断して放り出す」という意味を持ち、より決定的・最終的な判断のイメージを伴います。
たとえるなら、「捨てる」は家の掃除で不要品を処分するような軽い行為、「棄てる」は人生の重要な決断として何かを見限るような重い行為と考えると理解しやすいでしょう。
「捨てる」と「棄てる」の使い分けのポイント
状況や文脈によって、「捨てる」と「棄てる」の適切な使い分けが変わってきます。
以下の観点から整理してみましょう。
対象による使い分け
対象 | 適切な表現 | 例文 |
---|---|---|
物理的な物 | 捨てる | 古い雑誌を捨てる |
権利・義務 | 棄てる | 相続権を棄てる |
感情・希望 | 棄てる | 勝利への希望を棄てる |
日常的なゴミ | 捨てる | 燃えるゴミを捨てる |
人間関係 | 捨てる/棄てる | 友情を捨てる/家族を棄てる |
フォーマル度による使い分け
「棄てる」はより改まった場面や文書で使われる傾向があります。
- カジュアルな場面:ほとんどの場合「捨てる」を使用
- 「使わないおもちゃを捨てる」
- 「古い書類を捨てる」
- ビジネス・法律文書:状況に応じて「棄てる」を使用
- 「権利を棄てる」
- 「上訴を棄てる」
- 文学的表現:感情や抽象的概念には「棄てる」が効果的
- 「過去の自分を棄てる決意をした」
- 「愛を棄てた者に未来はない」
慣用表現での使い分け
いくつかの慣用表現では、特定の漢字が定着しています。
- 「捨てる」が使われる慣用表現:
- 「命を捨てる」
- 「時間を捨てる」
- 「面子を捨てる」
- 「棄てる」が使われる慣用表現:
- 「棄権する」(権利を棄てる)
- 「棄却する」(申し立てを棄てる)
- 「廃棄する」(廃れて棄てる)
よくある間違い・誤用例
「捨てる」と「棄てる」の使い分けでよく見られる間違いとその正しい用法を紹介します。
誤用例1: 法律用語での誤用
🚫 「相続権を捨てる手続きをした」
✅ 「相続権を棄てる手続きをした」
法律上の権利放棄は「棄てる」を使うのが正確です。
誤用例2: 抽象的概念での誤用
🚫 「すべての希望を捨てた」(文脈によっては適切な場合もある)
✅ 「すべての希望を棄てた」(より文学的・抽象的表現として)
抽象的な概念や感情を手放す場合は「棄てる」の方が適切なケースが多いです。
誤用例3: 物理的な廃棄での誤用
🚫 「不要な書類を棄てる」
✅ 「不要な書類を捨てる」
単なる物理的な廃棄行為には「捨てる」を使うのが自然です。
誤用例4: 慣用表現での誤用
🚫 「彼は選挙で捨権した」
✅ 「彼は選挙で棄権した」
「棄権」は「権利を棄てる」という意味の慣用表現で、「捨」ではなく「棄」を使います。
文化的背景・歴史的背景
「捨てる」と「棄てる」の違いには、日本語の成り立ちや文化的背景が関わっています。
「捨てる」は、元々「手から放す」という物理的な動作を表す言葉として発展してきました。
日本の武士道では「命を捨てる」という表現があり、これは自分の命を惜しまず犠牲にするという崇高な精神を表します。
一方、「棄てる」は中国由来の漢語的要素が強く、法律用語や公文書などで使われるようになりました。
特に明治時代以降、近代法制度の整備とともに法律用語として定着し、「棄権」「棄却」などの言葉が生まれました。
また、日本文学においては、「棄てる」が持つ重厚なニュアンスを活かした表現が多く見られます。
芥川龍之介の『羅生門』では主人公が「人間らしさを棄てる」場面が描かれ、深い絶望感を表現しています。
実践的な例文集
日常会話での使用例
- 「週末に部屋の掃除をして、使わない服を捨てました」
- 「このゴミ箱に捨ててもいいですか?」
- 「彼は過去の失敗を捨てて、新しい人生を歩み始めた」
ビジネス文書での使用例
- 「当社は不採算事業を捨て、コア事業に集中する方針です」
- 「本契約に定める権利を棄てることはできません」
- 「上訴の権利を棄てる場合は、所定の書類にご記入ください」
法律文書での使用例
- 「被告人は上告を棄てる旨の申し出をした」
- 「相続人が相続権を棄てるには家庭裁判所に申述する必要がある」
- 「裁判所は本件申し立てを棄却した」
文学的表現での使用例
- 「彼は過去の栄光を棄て、隠者としての新しい人生を選んだ」
- 「愛を捨てた者に残るのは孤独だけだ」
- 「すべての希望を棄て去った彼女の目には、もう光がなかった」
まとめ
「捨てる」と「棄てる」は、同じ「すてる」と読みながらも、使用される場面や込められるニュアンスが異なります。
「捨てる」は物理的な処分行為に、「棄てる」は権利や義務の放棄など、より重大な決断を表す場合に適しています。
覚えておきたいポイント
- 「捨てる」は日常的な物の処分や比較的軽い感情表現に使う
- 「棄てる」は権利放棄や重大な決断、抽象的概念に使う
- 法律・公式文書では特に注意して使い分ける
- 慣用表現や熟語では特定の漢字が定着している(棄権、廃棄など)
- 文脈によっては両方が使える場合もあるが、ニュアンスが異なる
よくある質問(FAQ)
Q1: 「捨てる」と「棄てる」はいつでも置き換え可能ですか?
A: いいえ、常に置き換え可能ではありません。
特に法律用語や公式文書では、「棄権」「棄却」など特定の漢字が定着しています。
日常会話では「捨てる」が一般的ですが、重大な決断や権利放棄を表す場合は「棄てる」が適切です。
Q2: 「捨てる」の類義語にはどんなものがありますか?
A: 「捨てる」の類義語には「廃棄する」「投げ捨てる」「処分する」などがあります。
また、「棄てる」の類義語としては「放棄する」「見捨てる」「諦める」などがあります。
用途に応じて適切な言葉を選びましょう。
Q3: 「捨て子」や「捨て犬」という言葉は「棄」ではなく「捨」を使うのはなぜですか?
A: これらは実際に「物理的に置き去りにする」という行為を表すため、「捨」が使われます。
ただし、文学作品などでは「棄児(きじ)」という表現も見られ、より重い道徳的意味合いを込める場合があります。
Q4: メールや論文で使う場合、どちらが正しいですか?
A: 文脈によって異なります。
一般的な物の処分を述べる場合は「捨てる」、権利や重要な決断について述べる場合は「棄てる」を使用します。
特に公式文書では、法律用語に準じた使い方をするのが安全です。